Bookmark and Share
ラベル Travel の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Travel の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年8月4日木曜日

七夕-仙台

先週、友人の結婚式出席のため仙台に帰っていたのだけど
何次会かをへて仙台駅で夜明けを眺めていてふと思った。

七夕飾りって下からみるとどうなのって。

これ完璧に岩井俊二監督の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?
がたまたま、岩井俊二公式サイトで期間限定で公開されていて、ふと思った。

仙台にいたときは、もうじゃまでしょうがなかった七夕飾りだけどこうしてみると
意外ときれいだなと思う。

結果は以下の通り。

















ぜひぜひ、仙台に足を運んでみてきてください。
はっきりいって早朝に独占するのが、仙台人の楽しみ方だと思ってます。

仙台七夕まつり:8月6日~8月8日

仙台七夕まつりは動きがないから、面白くないということを東北の夏祭りの中でも
よく言われるけど、唯一時間を選ばず見れることが魅力です。

動きがないわりに日本のお祭りの動員数ランキングでは常にTOP10に入るわけです。
仙台のアクセスのよさもあるとは思うけれど。

だから、思う存分独占きてください。

どうぞ、仙台をよろしくお願いします。

2010年3月1日月曜日

なまはげの真実



これは男鹿市相川地区のなまはげ。30~40年前の写真。
祖母にどうせだからもっていけといわれたのでもらった。

一般化されてなんの面白みもないお面をPRするのはやめてもいいのではないか。
秋田県の観光政策はともかくとして、男鹿市は少なくともやめるべき。

岡本太郎のなまはげに関する考察

岡本太郎はナマハゲを見て、次のように直感した。
「秋田ほど東京から遠いところはない、という感じはある。雪の壁は深く、ここには別の時間が流れているようだ。(中略)だが私はこのような、いわばとり残されたところに、古くから永遠にひきつがれて来た人間の生命の感動が、まだなまのまま生き働いているのではないかと思った。たとえば〈なまはげ〉の行事などに」
「〈なまはげ〉自体はそもそも鬼なのかどうか、問題がある。それはあらゆる原始的な人間社会に見られる〈霊〉のあらわれである」
「私が〈なまはげ〉にひかれたのは、第一にそのお面だった。(中略)大たい日本のお祭りの面などが、とかくしらじらしくこまっちゃくれているのに、底抜け、ベラボーな魅力。古い民衆芸術のゆがめられない姿だ」
(岡本太郎が撮影した芦沢地区のナマハゲは、『岡本太郎が撮った「日本」』(毎日新聞社)、『岡本太郎の東北』(毎日新聞社)、『岡本太郎神秘』(二玄社)に掲載されている)

via Toshibon's Blog 『これがなまはげだ!

これにははげしく同感。

2009年9月23日水曜日

大地の芸術祭





大地の芸術祭。にいってきた。

実態がなんなのかわからずに誘われるがままに。
確かにいろいろリサーチをしてからいってもよかったなとも思うのだけど
こういうのは、基本的よくわからないまま行ったほうがよい。

新潟県十日町近辺で開催されているわけだけど、半径20kmに数百と点在
するアート作品があるので一日ではまず全て観るのは不可能。

ということで、足早に数点を見るに留まった。
ただ、今回はというかいつもだけど、アートそれ自体を見るつもりは毛頭なく
、それも変な話だけど・・・とにかくどのように運営されているかがあくまで興味の中心。

福武氏恐るべしというか。
いっちゃ悪いが何の変哲もないこの地に国内外問わずアート作品を集めるその実力はさすがと言うほかない。

ここでとにかく重要なのはこの町だけではこの規模のものは集まるはずがなく、そして新潟県の作家を集めたってこんなにおもしろいものはつくれないということ。

表現としてのアートというよりはどちらかというと目的あってのものだから
ある意味純粋な枠組みの芸術というよりは、どちらかというとデザインに近い感覚なのかもしない。

アーティストの性分とか本質とかそう言うのはさておき、受け取る側にはどうなのかというところを書いていく。

今回素直に思ったのは十日町エリアいいところだなぁと言うところ。
何の変哲もないただの農村なんだけれど、でもそのよさは十分にわかった気がする。
このアートイベントが何で、どういったことを意味するかということよりもずっと大切なことだと思う。

というのも、すでに一緒にいった方が書いているけど“どこかにアートがあるかわからなず、あんでもそう見えてしまう”という感じ。

感覚的にどんな物でも、それっぽく見えてしまうというのが意図してかしてないか別として


セントルイスからシカゴまでの道のりは大きなハイウェイで行くのだけど、その横にはルート66が昔のまま残っている。

“残っている”といっても全て残っているわけではなく、点在している。

どこかで切れて、また突然現れるという感覚。

それに似ている。現れてはなくなりの繰り返し、ただ標識や看板を目印に探して行く。
あのドキドキに近い。

それで思うのだけど、やっぱりロケーションありきということ。
米どころでもあるこの土地は山に囲まれている。だから平野の田んぼではなく棚田がほとんど。ランドスケープがとにかく美しい。

そういった中に突然アートが現れる。廃校や廃屋、田んぼのど真ん中に。

全てを観たわけでもなく、ほんの一握りの作品しか観れなくても満足感がある。
アートというよりもデザイン的一面がとても強いように思える。というのも作品の多くがとても示唆的というか、この村の歴史やなんであるかを題材にしていたように思う。

別の過疎の町で、土地の人と話したことがあって“結局こういう過疎の町では、自分たち(その町について)について知ろうともしないし、興味もない”と嘆いていたのを思い出した。

でも、果たしてそうなのか。

確かに知ろうとしない、興味を持たないというのはそうなのかもしれないけれど、知るきっかけを誰も示せていないだけではと思う。

多くの町で思うのだけど、そこに存在した歴史というのは案外部外者にとってみればおもしろいもので(こう思うのは自分だけかもしれないが)、そういうのを何かで示せたらいいなといつも思う。

伝統文化も廃れた町も全て、人々が何かに気づくときには、多くの場合は手遅れになった後のことが多い。

伝えることのできる人が年を取り過ぎていたり、すでに亡くなっていて資料や現物しかなかったり。

当然、多くの問題となるのは地域の人の関わりなのだけど。まず、自分たちが気づかない限り外から来た人がどうしたって何も変えることも、本質的なよさも伝えられない。

だからこのイベントでとにかくうまいなぁと思ったのはそういうのを地元の人にも示唆できるものが沢山あったこと。地域の参加レベルは残念ながらといところだけど直島なんかより見せ方はうまいなと思った。

そして、なにより福武氏なんだけど、すごいなと思わせるのはメディア露出と協賛に関わっている企業の多さ。

このイベントの知名度なんてメディア露出したところで大したことないし、そういう情報がリーチしている都会の“アートな人”からすれば「へー」ってところかもしれないけど、地域の人にとっては自分たちの町が取り上げられることってうれしいことじゃないかなと。(しかもこういったものがなければ全国的にフォーカスされる町ではないことを考えれば)

こうやってブログで書く人もいるだろうし、興味を持つか、持たないかはともかくとして知覚する可能性が広がるわけだし。

結局、一緒に行った人は、自分も含め↓がとても気に入っていた。
最後の教室
クリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマン







なんか、高校の文化祭の展示を思い出す。
【少年の部屋】

2009年8月23日日曜日

色即是空と文科系男子の憂鬱



色即ぜねれいしょん
田口トモロヲ監督×みうらじゅん

アイデン アンド ティティを観てないから、この監督のことよく知らないのだが
勢いで『色即ぜねれいしょん』観てみた。

劇中写真はBCCKSでチェック『Shikisoku.jp

文科系男子の憂鬱。
このテーマは共感できる人は結構おおいのではないかと思う。

岸田の役どころは笑えた。リリーフランキーの父親役もよい。峯田はそのまま。
特筆すべきは主演の渡辺大知はとてもよかった。

男同士で観た方が盛り上がる。

中流に生まれた、幸せな悲劇。

劇中に「何も悩みがないのが、悩み」っていうのがあるけれど
その感じよくわかる。ぐれる理由もなく、何かに怒りを覚えることもなく
ありあまる若さとパワーを内に秘めながら過ごす何も起こらない日々。

ぐれる理由がないってのは本当におもしろいセリフだよなと思う。
別にヤンキーがカッコいいとも思っていなかったけど、悲劇だよな。

いまってどうなってるんだろう。
今の高校生とかは。

確かに今の20代の高校時代ってのも格差ってあったけど、メディアで
『格差社会』なんて叫んでなかった。

ちょっとグレているやつだって、格差の中の低層にいたわけでもなかったし。
本当にぐれちゃったやつらにはそういう現実が確かにあったのかもしれない。

高校時代ってそもそもグレているやつがいないというか、中学と違ってある程度
レベルも画一的だったしよくわからない。

でも、この映画でわかるのはありあまる力を何に使えばいいのかわからなかった
こととだと思う。

タナダユキ監督の『俺たちに明日はないっす』とかもそうなんだけどここら辺の映画はもう観ては行けないのではないかと最近思っている。

実際、『俺たちに~』は観なかったし。
脚本が『色即』も『俺たちに~』も向井康介って時点でもういいでしょとか思ってしまう。

まぁでも中高生はハリーポッターとか観てないでこれを観て旅に出るべきだと思うけど。

時代設定は70年代なのだけど
劇中で佐渡島ユースが出てくる。主人公たちはフリーセックスがそこにあると妄信する。

オフィッシャルHPに『いかへん?ユースの旅』というのがあるけれど、劇中にあるような光景がそこにあるわけではないと思うけど。

『色即がユースに行けばある』は恐らく間違い。

桃岩荘ユース、礼文島ここならあの世界がまだあるかもしれない。